17世紀末から18世紀初頭に活躍したフランスの作曲家マラン・マレ Marin Marais(1656-1728)は、一般には、ヴィオール属のための器楽曲の作り手として知られますが、彼は、当時の作曲家の常としてオペラも手掛けており、4作を遺しました。
彼の最初のオペラは、《アルシード Alcide》(1693、パリ・オペラ座にて初演)になりますが、この作品について、日本語の資料でしばしば書き落とされている点があります。というのも、このオペラはマレが単独で作曲したものではなく、大リュリの長子、ルイ・リュリ Louis Lully(1664-1734)との共作であるのに、その点について明記した文章が少ないからです。この点に、まずはご注意ください。
続いて、第2作が《アリアーヌとバッキュス Ariane et Bacchus》(1696、オペラ座)です。この《アリアーヌとバッキュス》、それから最初の《アルシード》については映像や音源がまだ見当たりません。将来的な復活を待ちたいと思います。
今日、マレのオペラで最も名高いのは、第3幕《アルシオーヌ Alcyone》(1706、オペラ座)です。名指揮者マルク・ミンコフスキの録音によって一挙に知名度が上がりました。物語は、古代のトラキア王国の王セクスと美女アルシオーヌの恋愛を、セクスの友ペレや魔術師フォルバスが阻もうとするというもの。最後は海神ネプテューヌが救いの手を差し伸べて、恋人たちは無事結ばれます。このオペラは一般的には、器楽曲の部分が劇性に富むとして評価されますが、第3幕の水兵たちの行進と合唱、および舞曲のように、器楽と歌声が上手く絡み、打楽器が鮮烈な響きで男たちの逞しい足踏みを表す辺りもオペラ・ファンの耳を惹く一節でしょう。
また、4作目の《セメレ Semele》(1709、オペラ座)は、21世紀に入って、エルヴェ・ニケの名録音が出たことで、再評価が進んでいます。こちらは、ギリシャ神話に名高い王女セメレが女神ジュノンの奸計に陥る物語。音楽では弦の動きが色っぽく、最後の大神ジュピテル降臨の場では、低弦の威風たっぷりの厚い響きが独自の境地を拓いています。