ウィーン便り 第20回

ウィーン便り 2022年9月              佐藤美晴

ウィーンの秋はとても短く、晩夏と初冬が日替わりの9月。毎日天気予報を見て、冬用コートや半袖の服など季節バラバラの服を持つようにしています。

<葡萄発泡酒を楽しむ>

短い秋の楽しみの一つが、オーストリアの秋の風物詩、葡萄発泡酒「シュトゥルム」です。白く濁っていて、しゅわしゅわと口の中で弾ける発酵途中のワイン「シュトゥルム(「嵐」の意味)」は、アルコール度数は3~6度、しかし甘くてジュースのように飲みやすく、フレッシュな葡萄の味についつい飲み過ぎてしまいます。9月前後にしか出回らず、また蓋ができないためお土産に持って帰ることもできない貴重なお酒なのです。スーパーなどにも売っていますが、本来はワインを作っている場所で販売されるものなので、きちんとしたレストランのワインリストにはありません。さて、このシュトゥルムを楽しむには、やはりワイン居酒屋であるホイリゲが最適で、特に郊外のワイン畑で開催されるホイリゲによるワイン祭りが最高です。夏のバカンスから帰ってきて、9月からの年度切り替えでは週末にワインを飲みに散策しに行くというわけです。コロナでこの2年間はワイン祭りが開催されなかったため、私にとっては今回が初めてのワイン祭りでした。ゾース村というワイン村では知り合いの日本人が働いていて、彼女の家が経営するワイン畑を散歩しながら、ワイン畑のテーブルでワインを楽しみました。

 艶々したぶどう畑! 

 ベートーヴェン博物館で有名なハイリゲンシュタットのグリンツィングでは、歩いたことのないワイン畑の道をハイキングし、疲れたらワイン畑に座ってワインやシュトゥルム、モスト(搾りたての葡萄ジュース)など葡萄尽くしを堪能しました。この時ばかりは色々な葡萄の品種を畑からつまみ食いすることが許されているのですが、本当に葡萄によって味が違うということがよくわかりました。

賑わうワイン祭り

<ウィーン国立歌劇場1: 新シーズン開幕>

劇場は新しいシーズンが始まり、9月4日にはウィーン国立歌劇場の舞台裏を公開する「Tag der OFFENEN TÜR (オープンデイの日」が開催されました。チケットを持った約3500人の人はオペラハウスの裏側に入り、様々なリハーサル風景を見ることができます。専属歌手とコレペティトゥアによるソリストの個人リハーサル、オーケストラのリハーサル、児童合唱のリハーサル、バレエのリハーサルなど、滅多に見ることのできない場所が公開される他、参加型のダンスワークショップもあり、舞台の上を歩いて舞台美術、小道具、衣装などを見ることもできます。

劇場オープンデイ

 また、子供を劇場に呼び込む工夫もされていて、こどもたちは劇場付きのメイクさんに動物のメイクをしてもらえたり、なぞなぞ付きのスタンプラリーもあります。最後には館内放送で全員が客席に集められ、sing alongというオペラ教室。カルメンや魔笛などオペラの名曲を観客とオーケストラと歌う40分間のプログラムに終わり、盛りだくさんのイベントでした。私はスーツを着て、複雑な劇場内を迷ったお客様たちの道案内をつとめたのですが、劇場内には、色々なオペラの登場人物(狐、くま、蝶々、ロジーナ、伯爵などもうろついており、時々現れてお客様をびっくりさせる、という演出も仕掛けられていました。それにしても、ここまでオープンに劇場をさらけ出せるというのは、日本ではなかなかないと思いますが、若い観客に興味を持ってもらうのにはこのようなイヴェントは絶大な効果があります。

<ウィーン国立歌劇場2: ドン・ジョヴァンニ再々演>

昨年12月に新制作で参加したドン・ジョヴァンニは、この9月に2度目の再演がありました。今シーズンにまた新たなメンバーで再演があり、1年の間に20回近く公演があることになります。この回転の速さが、ウィーンの凄さだと思います。

《ドン・ジョヴァンニ》再演のチラシ。第1幕の主人公と村娘ツェルリーナの二重唱のカットが載っています。

 メンバーを少しづつ変えていき、一つの演目に新しい要素を加えながら磨き上げていく感じがします。それは出演者だけでなく再演スタッフの方も同様で、どんどんいい意味でこなれていくのです。新演出の時はあんなにドタバタ大騒ぎしていたのに、落ち着いていくのです。日本ではどうしても新演出を2日ほどやって終了してしまいますが、それでは作りたての味だけしか味わえないということになります。そして、間を長く空けすぎての再演は味が随分変わってしまいます。本来は間を置かずに何度も何度も繰り返し作っていくことで、味がこなれて熟成していくのだ、ということを、ついワイン作りを思い出しながら考えていました。

《ドン・ジョヴァンニ》カーテンコールの模様 なにより、衣裳の色合いが現代風です。

<ウィーン国立歌劇場3 : マーラー ”Von der Liebe Tod”(愛の死から)>

今シーズンの新作第1作は、マーラー「嘆きの歌」「亡き子をしのぶ歌」を音楽劇として作り変えた舞台。しかもビエイトによる演出ということで話題性抜群の作品です。奇しくも6月に私が演出した作品は、マーラーの歌曲「こどもの不思議な角笛」を音楽劇にしたものだったため、今回のマーラーの歌曲を音楽劇にする、という同じコンセプト、演出家ビエイトのアプローチ、リート歌手のフローリアン・ボッシュの歌と演技など、色々と気になっておりました。

新作 マーラー《Von der Liebe Tod》 カーテンコール。見た目には美しいようですが・・・

 幕が上がると真白な舞台の眩しさにまず目くらましを受け、そこに現れた真白な人たち(ソリスト、合唱)の鉢植えや土を使った奇妙な動きを見ずにはいられないのですが、しばらく耐えていると歌われている内容とそこで起こっている展開との乖離に、見ていることが辛くなってきました。そんなわけで90分にも満たない作品でしたが、長く感じました。人は、理解できないという違和感を覚えると疲れてしまうのだと思います。作品に没入したり共感できるところが、少しでもあると楽になれるのですが‥。

<音楽劇フェスティバル Musiktheatertage>

イベントが目白押しのウィーンですが、WUKという芸術センターでは、実験的な音楽劇のフェスティヴァルが開かれました。ワルキューレなどオペラの素材と現代音楽、演劇などが融合した公演が多く作られ、私はKunstschnee(人工の雪)という作品を観にいきました。音楽、ヴォイス、台詞、映像、演劇など、あらゆる要素が融合した現代音楽作品で、ソプラノの岡崎麻奈未さんが主演をつとめました。日本語が、音楽のように聞こえてくるということに気付かされる作品でした。

 他にも新作音楽劇を見に行ったり、映画の撮影に参加したりと、充実した9月はシュトゥルム(嵐)の名前のようにあっという間に終わりました。10月からはいよいよ、新作《マイスタージンガー》と再演《トラヴィアータ》のリハーサルが始まり、本格的に冬到来です。